第2部 経済学
第1章 ケインズ乗数効果理論の検討
§1 ケインズ乗数効果理論の検討・概要
工博 林有一郎
ケインズ乗数効果理論に基づくケインズ有効需要原理(有効需要の原理)は数学的に誤りである。
ケインズ乗数効果は存在しない。
記号の煩雑さを避けるために、封鎖経済を対象とする。国民経済計算において、総付加価値(GVA=GDP)をYと表す。更に、次の記号を定義する。Y3=総付加価値、Y2=需要(需要者側からみた支出)と供給(生産者側からみた最終生産物)、Y1総国民所得(総付加価値の企業、政府、家計への分配価値)。本文では、主として、用語GVAを所得面から見たGDP、GDPを最終生産物の支出面から見たGDPの意味で使う。
筆者の理論では、生産と需要間において、国民経済損益分岐点図が存在し、この図が経済理論解析のための基本となることを主張する。そこで次のような定義を加える。Y3=経済活動のインプット(最終生産物の原価と利益)。Y2=経済活動のアウトプット(在庫を含む最終生産物)。Y1=[Y2価値の分解価値と残留価値であって、Y3の発生原資としてY3に送り込まれる価値]。
管理総利益図理論を国民経済計算における産業連関表に適用し、産業連関表図としてFig.2-7を新しく導いた。Fig.2-7は、アウトプット(最終生産物)とインプット(総付加価値)との関係を示す。この図の中に限界消費性向MPCは見られない。
Fig.2-7 産業連関表図
ここに
Y: 総付加価値(GVA)、 (ε): 年度末データであることを示す、 Xfinal: 最終生産物、 Xfinal(φ): GDPの損益分岐点、Y(φ):損益分岐点値を表すY、 P:営業余剰、 FF:GVA中の固定費成分、FV:GVA中の変動費成分、 aV=変動費比率=FV/Y
図中のaVは企業会計損益分岐点のおける変動費率に相当する。Yの変化は、FVと[P+FF]の変化の合計である。
ケインジアンクロスでは、国民経済計算より、次式がなりたつ。
ここに、
Y1 = 総所得、 Y2 = 最終生産物、 C2 = 消費、 I 2 =民間投資、 G2 =政府支出、 NX2 = 輸出 − 輸入
YからY+ΔYへ移動後の新しいケインジアンクロスでは、次式がなりたつ。
式(3-R3)より次式を得る。
式(3-R2)を式(3-R5)に代入すると次式を得る。
次の仮定を設ける。
仮定1: 次の統計的係数が存在する。aK = MPC = ΔC2 /ΔY1 , aI = Δ I2 / ΔY1, aNX = ΔNX 2 / ΔY1, aG = ΔG2 / ΔY1。 ここに、全ての係数は定数である。
式(3-R6)から、これらの係数の間で次式がなりたつ。
aK + aI + aNX + aG =1
式(3-R6)は次式のように変換できる。
即ち
式(3-R7)を変換して次式を得る。
即ち
式(3-R7)はFig.4-3で説明される。
Fig.4-3 係数間の関係
ケインジアン・モデルによる乗数効果はFig.3-3に示される。
Fig.3-3 ケインジアン乗数効果図
ケインジアン・モデルによる乗数効果式は次のようである。
式(3-13-1)は、式(3-R8-2)に次の仮定2を加えると得られる。
仮定2:ΔI2 = ΔNX2 = 0
そうであれば、式(3-13-1)は、仮定1の下で、式(3-R1)に仮定2を代入した式(3-11)と等価である。
式(3-11)は、ΔC2 とΔG2 が既に発生していることを示している。
実は、我々は、Fig.3-3において、ΔC2が視覚から隠されていることを長い間見過ごしていた。従って、Fig.3-3は、例え仮定2を許すにしても、ΔY2の表現方法において誤っている。Fig.3-3は正しくはFig.4-6のように描かれなければならない。Fig.4-6の中に乗数効果は見られない。
Fig.4-6 修正されたケインジアン乗数効果図
実際経済において、I 2はY2の変化に大きな影響を受けるから、式(3-R9-2)において、(aI +aNX) はゼロではない。従って、仮定2を設けることはできず、Fig.4-6もなりたたない。もし、仮定2を設ければ、aKはY1の非線形関数となるであろう。更に、生産面でΔI2 = ΔNX2 = 0 と置くと、全体所得高ΔY1の意味するところは変わらない(ΔY1はGVAの全体)のに、ΔI2とΔNX2に見合った生産部分が全体生産高ΔY2から欠け落ちてしまう(ΔC2 + ΔG2 はGVAの一部分)のである。このとき、ケインジアンクロス条件 ΔY1=ΔY2が満足されていない。
しかしながら、この仮定の設定がケインズ乗数効果理論に基づくケインズ有効需要原理(有効需要の原理)の誤りの根本原因ではない。式((3-R3)と式(3-R4)において、最終生産物の増加がΔG2だけであるならば、即ちΔC2 = ΔI2 =ΔNX2 = 0であるならば、次式が成り立たねばならない。
しかるに、式(1-1)に関わらず、Fig.4-6では、既にΔC2がΔG2と共に発生している。従って、ΔG2だけに対しては、Fig.4-6は誤りである。ΔG2だけに対しては、Fig.4-6は正しくはFig.4-7で置き換えられなければならない。
Fig.4-7 正しいΔG2-Y1図
ΔG2と ΔNX2がΔITに含まれるとするとき、この経済モデルは、図表としては表されなかったけれども、ケインズが原著で使用したモデルとなる。Fig.4-6(上に示す)において、aB=IT 、ΔG2=ΔITと置き換えたFig.5-5を「ケインズ原著図」と名づける。
Fig.5-5 ケインズ原著図
筆者による英文5.3、§1における考察によると、時間が変化する経済解析には、ケインズ原著図を使うことはできない。ケインズ原著図モデルは、C2とITの2独立変数、Y2の1従属変数からなる2自由度系システムである。ケインズがMPCの存在の仮定を設けた瞬間に、システムに1個の自由度拘束条件が加えられる。その結果、システムは1自由度系システムとなる。ΔC2はΔITに従属する。従って、ΔC2とΔITは時間経過に関係しない。この関係をFig.5-4(下図)に示す。ここに、Δx=ΔC2、Δy=ΔIT、Δz=ΔY2。
Fig.5-4 1自由度系システム
ケインズ原著図理論において最も重要な欠陥は、MPCはΔC2とΔITとの比率関係から定義されているので、我々が失業問題を解決するために、ΔG2の供給を意図した瞬間に、自由主義経済国では、MPC条件が破れるということである。この問題を解決するためには、時間に関係しないΔG2の需要増加に応じて、ΔC2、ΔI2、ΔNXの供給を同時に確実に実現しなければならない。
しかしながら、MPCは、統計観測により実際経済の中に、英文§3、Fig. 3-11 に示すように、実際に存在する。何故実際経済の中でMPCが観測されるのであろうか。
Fig. 3-11 修正されたケインズ乗数効果図
筆者はこう考える。MPCは、定常経済の中の多くの自由度を持つ経済システムの中から、結果的な消費の動きだけを見ることによって得られたものである。企業利益を保持しようとする個々の企業の努力と国民消費性向によって、MPCは定常経済の中で一定に保持されたのであろう。
Fig.2-7(上掲)は、ΔG2をFig.2-7からの増分値として捕らえたFig.3-13(下掲)と等価である。
Fig.3-13 損益分岐点型Δ G-Y 図
筆者の結論は次のとおりである。
(1)ケインズ乗数効果に基づくケインズ有効需要原理(有効需要の原理)を示すとされるFig.3-3は誤りであり、正しくはFig.4-6のように表わされなければならない。Fig.4-6の中に乗数効果は見られない。しかしながら、Fig.4-6において、ΔG2と共にΔC2は既に発生している。従って、ΔG2だけに対しては、Fig.4-6も誤りである。しかしながら、それとは別に、Fig.4-6においては、ケインジアンクロス条件ΔY2(全体) =ΔY1(全体)が満たされていないので、Fig.4-6は完全に間違っている。従って、ケインズ有効需要原理(*)(有効需要の原理)は、失業の解決手段として、式(3-13-1)を使用する限りは、明らかに誤りである。
(2)ΔG2と ΔNX2がΔITに含まれるとするとき、この経済モデルは、ケインズが原著で使用したモデルとなる。ケインズ原著図モデルは全体ΔY2が1変数である1自由度系となるので、ΔC2 と ΔITは共に時間経過に関係しない。従って、失業問題の解決のために、ΔITを供給するとき、MPC条件を守るためには、それに応じた消費財ΔC2を同時に供給しなければならない。即ち、ΔITとΔC2は1組で、それらの動きを二つに分離することはできない。ケインズ原著図理論は失業問題の解析には役立たない。
(3) 時系列型の図であるケインズ乗数効果図としては、Fig.4-7が正しい。しかしながら、経済解析に当たっては、損益分岐点型の図であるFig.3-13が正しい。
(4) Fig.2-7をレオンチェフ産業連関表によって説明するために、各総付加価値要素と各最終生産物要素とを結びつける新しい行列式を第2章、§1に提示した。