§1 全部原価計算における45度線損益分岐点図と管理総利益図の誘導

林 有一郎

標準原価計算を含む全部原価計算による企業会計において、CVP分析,損益分岐点分析が容易に可能である。

本節は、文献(1)、(2)、(3)に示された会計理論の骨子部分を記述するものである。

1997年特許出願発明である文献(1)を「第1の発明」と呼ぶ。文献(3)を「第2の発明」と呼ぶ。文献(2)は、文献(3)の日本語訳である。

原価計算制度には、大きく分けて、全部原価計算(代表例、標準原価計算)と部分原価計算(代表例、直接原価計算)がある。両者の大きな違いは、固定費である製造間接費の製品原価に対する取り扱いである。全部原価計算では、製造間接費は棚卸品に配賦され、直接原価計算では製造間接費は販売一般管理費のように期間原価扱いとされ、棚卸品には配賦されない。

財務会計としての損益計算書は、最終的には全部原価計算によって作成される。第1の発明と第2の発明は、全部原価計算損益計算書の図化に関わるものである。第1の発明と第2の発明の特徴は、両者とも、管理会計において、記号QMで表される「管理総利益」という概念を管理会計における利益管理目標として使用していることである。QMは、QM=売上高−製造直接費−製造間接費配賦額と定義されるものである。QMの図を「管理総利益図」と名づける。管理総利益図では、管理総利益を含む形で売上営業利益が示される。

第1の発明では、企業全体に対する管理総利益図の形で示された損益分岐点図が与えられており、更に、筆者により全部原価計算に対する正しい損益分岐点公式が示されている。

第2の発明では、45度線図で表された全部原価計算損益分岐点図が示されており、更に、事業部毎の管理総利益図の作り方が示されている。

製造直接費は、簡単のために実際原価であるものとする。製造間接費は予め設定された製造間接費配賦基準に従って、製造間接費配賦額として、売上製品と棚卸資産に配賦される。製造間接費配賦額=製造間接費配賦率×配賦基準数値である。任意の記号Xが決算書上の数値、即ち期末数値であることを示すときに、Xに(ε)を加えて、X(ε) のように表す。売上製品に関することを示すときに、上添え字Xを使う。製造製品に関することを示すときに、上添え字Yを使う。

1企業当たりにおいて,次のように記号を定義する。

X=売上高

DX=売上直接費(実際,変動費)

C=製造間接費(実際,固定費)

G=販売一般管理費(実際,固定費)

AX=前期繰越棚卸品を含む当期売上製品中の製造間接費配賦額

AY=次期繰越棚卸品を含む当期製造製品中の製造間接費配賦額

EX(=DX+AX)=売上製品全部原価

QS=売上総利益

πS=売上営業利益

売上製品中の製造間接費配賦額は、AX(ε) で表される。ある会計年度の期首において、過年度から繰り越された棚卸資産中の製造間接費配賦額をAX(-)(ε)で表す。期末において次期に繰り越す棚卸資産中の製造間接費配賦額を AY(+)(ε)で表す。棚卸資産に属さない製造間接費配賦額をAX(0)(ε)、又はAY(0)(ε)で表す。同様にして、記号 DX(-)、DX(0)、DX(+)を定義する。これらの記号間の関係を図1-1に示す。

図1-1 製造間接費配賦額

AX(−)(ε)とAX(+)(ε)との差を次のようにη(ε)で定義する。η(ε)を正味製造間接費配賦額と名付ける。

η (𝛆) = AX(-) (𝛆) - AY (+)(𝛆)
  = AX (𝛆) - AY (𝛆)
(1-1)

売上製品全部原価を次式で定義する。

EX = DX + AX
(1-2)

管理総利益QMを次式で定義する。

QM= X - EX
(1-3)

例えば、記号Xにおいて、記号(ε)が外されている場合は、Xは期中の値であることを意味している。さらに次の記号を定義する。

πM (𝛆) = QM(𝛆) - G(𝛆)
(1-4)

ここに、πM(ε)=管理営業利益。

製造間接費C(ε)に対応する製造間接費配賦額はAY(ε)であるから、製造間接費部門の原価差異δ(ε)は次式で表される。

δ (𝛆) = C (𝛆) - AY (𝛆)
= C (𝛆) - (AX (𝛆) - η (𝛆))
(1-5)

ここに、δ(ε)は製造間接費配賦額がC(ε)に比べて過少配賦であるときに正値である。δ(ε)を当期売上に賦課するとき、売上製品中の製造間接費は図1-2に示される。

図 1-2 売上製品中の製造間接費

全部原価計算における売上営業利益損益計算書を表 1-1に示す。

表 1-1 売上営業利益損益計算書

表1-1により、次式を得る。

πS(ε) = X(ε) −( E(ε)+δ(ε)) −G(ε)
= QM(ε) − (δ(ε) + G(ε))
(1-6)

標準原価計算を採用している受注産業企業においては、現場サイトの人達はEX(ε)を管理目標製造原価とみなし、営業サイトの人達はQM(ε)を管理目標総利益とみなして企業活動している。決算書作成の最後の段階で、QM(ε)は、式(1-6)が示すように、販売一般管理費G(ε)と原価差異δ(ε)の調整を受けて、売上営業利益πS(ε)に変換される。

式(1-6)より、売上総利益QS (ε)は、次のように表される。

QS(ε) = QM(ε) − δ(ε)
(1-7)

表 1-1と表 1-2は等価である。

表 1-2 損益計算書−2

式(1-5)と式(1-6)により次式を得る。
πS(ε) = QM(ε)+AX(ε) − (η(ε)+C(ε) +G(ε))
(1-8)

式(1-8)は、表1-3に示されるような関係が存在することを示している。

表 1-3 損益計算書−3

管理総利益図理論の目的は、式(1-8) を図化することである。売上高が期末でX=X(ε)であるとき、全部原価計算における損益分岐点図を描くには、期末において、水平軸上のX=0からX=X(ε)の間で、全ての原価線の形を確定させておかねばならない。Xを変数とするとき、AX(X)とAY(X)は、それぞれ、Xの変動関数と定数の組み合わせで表現することができる。そのとき、η(X)=AX(X) − AY(X)はどのような形をしているのであろうか。この形が全部原価計算損益分岐点図を描くための重要なポイントとなることは明らかであろう。

このことを解決したのが発明1と発明2である。結論的にいうと、η(X)は変動関数同士の減算によって、η(ε)=AX(X) − AY(X)=AX(−)(ε) − AY(+)(ε)で決定される定数となる。即ち、η(ε)は図の中で、固定費とみなせばよいということである。詳しくは、英文、Part1、§5、The cause of Solomons's error in his break-even chart for absorption costing を参照されたい。

AX(ε)は配賦基準により決定される。利益管理のためには、AX(ε)に対して次の2種類の種類分けをしておくことが可能である。

(1) AX(ε)が売上高X(ε)に対して、比例的又は準比例的である場合。この場合の製造間接費配賦額を「第1種の製造間接費配賦額」と呼び、記号AXI(ε)で表す。

(2) AX(ε)が売上高X(ε)に対して、定数的又は準定数的である場合。この場合の製造間接費配賦額を「第2種の製造間接費配賦額」と呼び、記号AXII(ε)で表す。

この種類分けに基づいて、次の記号を設ける。

AX I,II(ε) = AX(ε)

= AXI(ε) + AXII(ε)
(1-9)
同じ種類分けをC(ε)にも設けると、式(1-8)より次式を得る。

πS(ε) = QM(ε) +AXI (ε) +AXII (ε)

− (ηI,II(ε) + CI,II (ε) + G(ε))
(1-10)

C(ε)と G(ε)は固定費であるとするので、式(1-10)は次のように変換される。

πS(ε) = QM(ε) + AXI(ε) − f(ε)
(1-11)

f(ε) = fC(ε) − AXII (ε)

(1-12)
fC(ε) = ηI, II(ε) + CI, II (ε) + G(ε)
(1-13)

式(1-10)において、πS(ε) = 0となる限界状態を考える。この状態のQM(ε)を下添え字ξを用いてQMξ(ε)のように表す。QMξ(ε)は次のように表される。

QMξ(ε) = f(ε) − X(ε)· tanαXI(ε)
(1-14)

ここに

tanαXI(ε) = AXI(ε) / X(ε)
(1-15)

式(1-14)を変換して次式を得る。

QMξ(ε) / f(ε) + X(ε) / (f(ε) / tanαXI (ε))=1
(1-16)

水平軸をX、鉛直軸をQMとする直角座標を設けると、座標点 (QMξ(ε), X(ε))は、次の直線上のX=X(ε)における座標点であることが分かる。

QM / f(ε) + X / (f(ε) / tanαXI(ε)) = 1
(1-17)

式(1-14)と式 (1-5)より次式を得る。

QMξ(ε) = G(ε) + δ(ε)
(1-18)

更に、式(1-11)、式(1-5)、式(1-18)より次式を得る。

πS(ε) = QM(ε) − QMξ(ε)
(1-19)

式(1-3)より、次式を得る。

QM(ε) = X(ε) − DX(ε) − AXI(ε) − AXII(ε)
(1-21)

式(1-20)において、X(ε)=0では次式が成り立つ

QM (X=0) = − A XII (ε)
(1-21)

従って、QM(ε) は次式のように表される。

QM(ε) = − AXII(ε) + tanβ(ε) · X(ε)
(1-22)

ここに

tanβ(ε) = ( A XII(ε) + QM(ε) ) / X(ε)
(1-23)

以上の式からなる管理総利益図を図1-3に示す。Line-1は式(1-16)を示し、限界管理総利益線と名づける。Line-2は式(1-22)を示し、管理総利益率線と名づける。Line-3は式(1-6)を示し、管理総利益線と名づける。ただし、A XII(ε)が存在する場合は、tanβ(ε)は、QM(ε) / X(ε)の値とは違っており、Line-2の傾きは用語通りの管理総利益/売上高の値とはなっていないことに注意されたい。

標準原価計算損益分岐点図

図1-3 管理総利益図

図1-3において、Line-1とLine-2の交点Hは、全部原価計算における損益分岐点を意味する。損益分岐点売上高をX(φ)と表すと、X(φ)は式(1-16)と式(1-22)の交点解として次のように求められる。

X(φ) / X(ε)=
(η(ε)I,II + C I,II(ε) + G(ε)) / (X(ε)−DX(ε))
(1-24)

式(1-24)は全部原価計算の損益分岐点公式として知られるSolomons式とは違っている。筆者は、筆者が導いた式(1-24)とSolomons式と元々の原理論である損益分岐線理論とを比較検討し、式(1-24)は損益分岐線理論と整合するが、Solomons式は整合しないことを明らかにした。従って、Solomons式は誤りである。詳細は参考文献(3)を参照されたい。

図1-4は図1-3における会計項目と同一数値を用いて描いた45度線損益分岐点図である。参考文献(3)には、図1-3上のX(φ)と図1-4上のX(φ)とは等値であることが証明されている。もし、図1-4において、ηI, II(ε)=0 であるならば、式(1-24)は直接原価計算における著名な損益分岐点売上高式に帰する。

標準原価計算損益分岐点図

図 1-4 全部原価計算における45度線損益分岐点図

45度線損益分岐点図と管理総利益図との関係は、図 1-5のように示される。

標準原価計算損益分岐点図

図 1-5 45度線損益分岐点図と管理総利益図との関係

次式がなりたっている。

tan αXI (𝛆) + tan β (𝛆)=(X (𝛆) - DX (𝛆) ) / X (𝛆)
(1-25)
tan αXI (𝛆) + tan β (𝛆) + tan γ(𝛆) = 1
(1-26)
πS(𝛆) = (X (𝛆) - X(φ))( tan αXI (𝛆) + tan β (𝛆))
(1-27)
QM (𝛆) = πS (𝛆) /(1 - QM ξ (𝛆) / QM (𝛆))
(1-28)

筆者の主張は次のとおりである。

(1) 1968年に発表され、会計学教科書に記載されている標準原価計算を含む全部原価計算におけるD. Solomonsによる損益分岐点売上高公式は誤りである。正しい損益分岐点売上高式として、筆者は式(1-24)を提示した。

(2) 全部原価計算損益計算書に対する図化方法として、筆者は、管理総利益図と呼ぶ図1-3と45度損益分岐点図と呼ぶ図1-4を新しく提案した。

(3) 標準原価計算を採用している企業でも、管理総利益図を使用して、直接原価計算の実施し得る利益計画や原価管理をすべて容易に実施し得る。

(4) 全部原価計算においてもCost-Volume-Profit(CVP分析)が管理総利益図(損益分岐点図)によって可能である。

筆者による全部原価計算に対する45度線損益分岐点図と管理総利益図に関する理論は、実際原価計算、全部原価計算、直接原価計算を統合する基本的な理論となるであろう。特に45度線損益分岐点図は、将来、会計学教科書や経済学における理論において使われるであろう。一方、管理総利益図においては、製造直接費がグラフ表現において除外されているので利益部分が拡大されており、見やすい。そのため、管理総利益図は実務経営において使用されることになるだろう。

本理論は、このままでは、実践的な利益管理に有効に使えないので、近日中に標準原価計算における利益管理方法を主眼にした論文を発表する。その後では、直接原価計算に対する標準原価計算の利益管理における優位性が明かにされるであろう。

「管理総利益」という用語を使用したことにつて付言する。実は最初は粗利益(あらりえき、又は、そりえき)という用語を使いたかったのであるが、辞書を引いてみると、「粗利益」とは会計学上の総利益であると定義してあったからである。

参考文献